ハウジングコーチ、ハウジングストーリーを活用した理想の家づくり

『30年経って故郷を想う』

『30年経って故郷を想う』

2017年は、ブログ再開の年にしよう!

と思い立って正月を迎えたはずが、気がついたらもう半月が経っていました!(汗)
そんなものですよねぇ。
ちゃんと計画を立てないと、どんどんと時間が経つ速度が速くなってしまいます(しかも年々速くなります(大汗)・・)。

数年前は、わりと熱心にブログを書いていた時期がありました。
毎日更新の読みやすくて為になる情報を発信、とか、日常目にしたり耳にした何気ない日記風といった感じではなく、自分の思考を整理し深めるために書いていた「雑考記」です。

同業の(ごく)数人からは好評でしたが、そうではない一般の方には概ね不評だったかもしれません。
「難しいよ」
とよく言われていましたが、当時の本人は気にせず、ただ自分の書きたい文章を書いていたものです。

そんな反省を踏まえ、今回の再開からは、できるだけ分かりやすくて親しめる内容にしよう・・とは実は特に思ってません(笑)。

一般の方も知っておいて損はない建築情報を、噛み砕いてお伝えすることは積極的にしていきたいと思いますが、やはり基本は、自分の表現したいことを表現したいように書いていこうと思います!

もしよろしければ、お時間ある時にお付き合いください。
よろしくお願いいたします。

ということで、ここからが本題です。

今年の正月は、久しぶりに生まれ故郷の小浜市(福井県)に帰りました。
高校卒業30周年ということで、地元で同窓会が開かれたのです。
母親が大阪に居を移し、小浜には既に実家はありません。なので、いつ以来になるのかなぁ。多分5,6年ぶりの里帰りです。
「市」とはいうものの、人口は既に3万人を切り、街の雰囲気は、今日本各地に見られる疲弊した地方都市の姿そのものです。

そんな田舎での旧友との再会!
なんと150名以上もの参加者。当時の卒業生の数は全校で400名余りでしたが、それでもこんなに集まるとは凄いものです。この結束力というか「楽しそうなものにはとりあえず行ってみる」精神の強さは、田舎ならではかも知れません。
とにかく会場は懐かしい顔で溢れていました。
人それぞれに、白くなったり、薄くなったり、厚くなったりしている部分(?)はあるものの、顔を合わせると、30年もの年月を「ちょっと前の話」のように語ることができる能力だけはみんな備わっているみたいでした(笑)。

30年もの間、「よそ者」として生活してきたにもかかわらず、やはり生まれ故郷に対しては、一歩足を踏み入れた瞬間から特別な思いが込み上げてきます。
今回はそのことについて、少し私見を書いてみようと思います。

近江今津から乗ったバスが小浜に近づいてきた頃、意外にも(というと田舎をディスっているようですが)ちょっと垢向けた雰囲気が漂う一角が目に入ってきました。
新築された小学校はかなり立派で、その横のかつては多くの雇用を抱えていた工場跡地に、大手家電量販店、全国書店チェーンの店舗、愛知発祥で今流行りの喫茶チェーン店が、それぞれ都市で見かける姿と同じ外観で軒を連ねていたのです。
実際、その一角だけ街が明るかったのです。。。

おそらくは、地元に暮らす人にとっては、喜ばしい施設なのでしょう。
便利で、少し華やかで、気分がちょっと上がる貴重な生活インフラになっているとしても不思議はありません。

「でも、こうじゃないんだよなぁ」

というのが正直な第一印象。
これは間違いなく「いつか来た道」なのです。
地元が自らの意思やポテンシャルを活かして展開を始めた活性化ではなく、競合がひしめいていない地方都市が「限界都市」になるまでの間に、できるだけ搾取してやろうという企業戦略の一環の姿に見えてしまうから、なんとも空しい風景に映ってしまうのです。

小浜には、最近もうひとつ大きな動きがありました。
北陸新幹線の「小浜・京都ルート」の決定です。
地元の方々にとっては待望の新幹線の整備!特に京都までの時間が半端なく短縮されることによって得られる経済的効果や生活圏の拡大に期待する声が多く聞かれました。

しかしこれも個人的な感想としては「諸刃の剣」なのです。
かつての高度経済成長などもう来ません。もちろん来たって良いけど、それを期待して夢見る時代ではなくなったことだけは事実でしょう。そんな時代において、さほど利益率が見込めない新幹線の整備と維持にかかる費用は、いったい誰が負担することになるのか。今現在も自治体が赤字路線維持の為に支援している状況にあって、20~30年後に整備された後、その負担額の穴埋めはどうなってしまうのか。

人口減少傾向の回復、経済成長が実現する可能性よりも、そうでない可能性(間違いなくこっち!)について、整備される側の地方都市に住む人たちは、考えておく必要があるはずです。(←誰か「頭のいい人」に任せるのではなく)

新幹線整備は、劇薬であり、ある意味リトマス試験紙でもあるのでしょう。
この魅力的な交通インフラによって、日本の中心部、都市から何か「素敵なもの」が運ばれてきてみんなハッピーになりそうだ、それを活かすにはどうするのか、と考えてこの先の10年を過ごしてしまうとすれば、僕は小浜の将来はないと思っています。

金沢や長野、函館は新幹線の整備によって、観光客を増やし、UターンやIターンの事例も増えたかもしれません。しかしそれは、もともとそれ以前から都市としてのポテンシャルが高かった街の成功事例にすぎません。
一方で、2万、3万の地方都市で、新幹線整備によってよみがえった事例を探すのは非常に困難なのです。

小浜の人口は、これからもっと減少していくことが予想されます。言うまでもなくこのような傾向は、小浜に限ったことではありません。
そんな全国の地方都市が抱えている(都市部だって遅かれ早かれ同様の問題を突きつけられます)課題に、「先進的に取り組むトップランナーとしての意識が持てるかどうか」これが試される今後10年ではないでしょうか。

成長、活況といったマッチョで勇ましいニュアンスとは違う、でも魅力的でワクワクできる「言葉」を見つける必要があると思うのです。「その街にしかない魅力を引き出す言葉」。そういったものを軸にできてはじめて、独自性があって、背伸びする必要のない、もっと丁寧な暮らしの将来像が見つけられるような気がします。

例えば・・・、
北海道の東川町、徳島県の神山町、岩手県の紫波町などは、自分たちが住む環境について真剣に自分たちで考え、実践していったトップランナーです。そして、今定住者を増やしつつある地方都市の好例です。
これらの都市は、どれも新幹線のような交通インフラの整備とは無関係に独自のアイデンティティーを見出してきました。

さて小浜はどんな舵取りをすることになるのか・・
街並みはどんどんんと寂れていっていますが、逆にこの寂れ具合は味になるかもしれません。「テーマパーク化」は避けなければなりませんが、街丸ごと今あるものを活かしたリノベーションの可能性は大いに感じます。

少なくともコメダ珈琲店の一角よりは!

それと、何年経って見にきてもほとんど変わることのない風景を見せてくれて、心を癒してくれる海で波音を聞いていると、もっと何か良いヒントが浮かんできそうな気がしました。



2 thoughts on “『30年経って故郷を想う』”

  • 川口さんの故郷は小浜市だったのですね。
    オバマ大統領に絡めたオバマのキャラクターのアピールはちょっと苦笑ものでしたが、もうこれでは売れないですね。小浜はまだ訪ねていませんが、日本海に面した美しい海、ひっそりと静かな佇まいの海のようで、日本海らしい海辺の街として、なんと無くぶらりと訪ねたいと前から憧れていました。あの辺の干物はよく京都物産展などでは高級干物の類ですね。美味しいですよね。
    水上勉強の越前竹人形の小説の舞台はあの辺りではなかったですか?どうも、そのイメージが強くて、憧れる地域なのでが。ちょっと暗いイメージなのですが、その哀愁漂う感じに憧れます。何か、小浜らしい風情を活かしたものを大事にすべきですね。
    川口さんのご意見はごもっともですね。
    ブログ楽しみにします。

    • 井上さん、コメントありがとうございます。
      たしかにオバマ大統領誕生の頃の雰囲気は特別「変」でしたね(笑)。
      NHKの朝ドラ『ちりとてちん』の舞台になったときの盛り上がりも大変なものでした。
      でも、その頃一歩引いてみる立場にいた自分にとっては、地方都市の「必死さ」を悲しいほどに感じ取ってしまった出来事でもありました。
      全国の、人口減少・生産年齢人口の流出が止まらない小さな街はどこも同じで、与えられた変化や幸運ではなく、自らの意思で立ち上がるべき時代が、もう既に来ているんですよね。

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