ハウジングコーチ、ハウジングストーリーを活用した理想の家づくり

『家づくりの目的を考える vol.2 ~余白をつくる~』

『家づくりの目的を考える vol.2 ~余白をつくる~』

「家づくりの目的」を考えるシリーズの第2弾は、「余白」について。

家づくりとは、この世界に自分だけの、或いは自分たち家族だけのために、ぽっかりと「余白」を空けることである、と言っていいと思っています。

その「余白」とは、

・喧騒に満ちた外界のノイズが入ってくることを許されない場所。
・素のむき出しの自分となって心身ともにリセットする場所。
・内なる自分と向き合い、本来の自分らしさを整える場所。

かもしれないし、

・外界の喧騒と対峙するために鋭気を養う場所。
・家族や気の置けない仲間とのゆったりとした時の流れを感じるための場所。
・自分であることを許すための場所。

かもしれません。

※上記の例は、ハウジングコーチ個人セッションでクライアントの方が、クライマックスでおっしゃった言葉です(多少表現は変えています)。

このようなイメージは、家の構造や素材、インテリアについて直接表現している言葉ではありません。
空間の中に漂う「余白」に対するイメージのようなもので、第三者が言葉だけを追ってみても具体的な家のイメージは浮かんできません。
空間が醸し出す空気感や雰囲気のようなもの、自分だけに通じる空間の解釈のようなものを伝えようとしている言葉だからだと思います。
頭に浮かんでいてもなかなか正確に言語化することは難しく、「こんな感じ」と絵にすることも、たやすくはありません。
家づくりの際に、実現して欲しいリクエストとして設計者に伝えようとなると、更にハードルが高くなる気がします。
それはこれらの言葉が、空間の中で、何かが「ある」部分のことではなく、「ない」部分のことを語っているからでしょう。

それが即ち「余白」について語るということ。
(日本建築の特徴としてよく使われる「間」と言い換えてもいいかもしれないけど、自分としては「余白」の語感の方がしっくりきます)

この「余白」に対する想いが自分らしい言葉となったとき、潜在的に願っている家への希望が明らかとなるのです。僕はそう思っています。
「ない」部分に対して本当に望むものが「余白」としてちゃんと具現化できるかどうかが、家づくりの成功の鍵になってくるのです。
そうした「余白」の力によって、そこに暮らす人が「家に支えられている」と実感できるのだと思います。
「余白」の力によって、自分や家族が自己肯定感を感じられる場となるのだと思います。

それに対して、食事、入浴、就寝、排泄、団欒といった家の中での具体的行動と結びついた機能に対するイメージだと、上記のような言葉はおそらく出てこないでしょう。
程度の差はあるとしても、もっと伝達可能で、測定可能な言葉に近くなるはずです。
広さ、素材、明るさ、つながり、収納量、・・・
これら「ある」ものへのリクエストは、掴みやすくてリアルな言葉で十分表現可能です。多少ポエティックになる場合があっても、その意図は伝わりやすい範囲にとどまります。
こちらも当然のことながら、家をつくる際には大切な言葉になるわけですが、ではどうして、「余白」についての想い、伝達困難なイメージのほうをより大切にしなければならないのと僕は感じているのか。

それは、
家をつくろうとしている人のメンタルに関わっているんだと思います。

これから家を建てよう、リフォームしよう、と考えている人が
「お客さんをいっぱい呼んでパーティーが開けるようなリビングにしたい!」とか
「家族の笑顔が絶えないような食事が楽しめるオープンキッチンとつながったダイニングルームにしたい!」
というようなことをイメージすることはあっても、
「夫の具合が悪くなり、もう1週間も寝込んでいる寝室」とか
「子どもが反抗期で、教育方針の違いから夫婦間もギクシャクしてきた家の中」
のような場面を想像することは、まずないでしょう。
でも、実際の生活、長い人生においては、ポジティブな感情の時だけでなく、ネガティブな感情を抱いてしまう事態も十分起こり得るわけです。その中には、あらかじめ想定するわけではないにしても、家族の離別、死別も含まれます。

ポジティブな感情をより幸せに感じることができるような工夫が施された家は、とても素敵になることは言うまでもありません。でもそれと同時に、ネガティブな感情を抱くような状態の時に、そこに暮らす人にとって家がどのような存在であって欲しいか、ここにこそ家というものの存在価値があるのではないか、というのが僕の想いなのです。

そして、そのようなネガティブで、後ろ向きで、泣きたくて、逃げ出したくないような時に、そこにいることを許してくれるような表情で、やさしく寄り添うことができる家を、僕はつくっていきたいと思うのです。

それを表現できるのは、きっと「ある」部分ではなく、「ない」部分、
「余白」なのです。



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