ハウジングコーチ、ハウジングストーリーを活用した理想の家づくり

『家づくりの目的を考える vol.3 ~生きられる家~』

『家づくりの目的を考える vol.3 ~生きられる家~』

「家づくりの目的」を考えるシリーズの第3弾。
「生きられる」ということについて。

家づくりを考え始める動機は人それぞれですが、多くの場合、「人生をどう生きるか」ということと向き合い始めることがきっかけになっているような気がします。

「大切な家族との毎日の暮らしをより楽しくするために」

「家族とのつながり、絆を意識しながら笑顔で充実した日々を過ごせるように」

という具合に。
自分や家族の人生を送る定位置をさだめ、そこで生きるための器を用意すること。それが「家づくり」ということだと感じています。
「どのような時を過ごし、どのように生きるか」などと毎日意識し続けるわけではないにしても、少々大げさに表現すれば、どなたにとっても共通する想いではないかと思います。
ただし、大切なことは「どのように生きるか」ということはライフステージとともに変化していく可能性があるということ。
それを絶えず自身に問い続けていく場所が「家」というものではないか。
これが今回のテーマです。

もしかしたら、これからの人生を通して一貫したブレないテーマを確立できている人もいるかもしれません。そのような「立派な方」は、どうぞお引取りいただいて結構です(笑)。

およそそのような「立派な人」からは程遠く、生きることが下手な(と自覚している)自分としては、確立した(と本人は思っている)人生のテーマに沿った家づくりよりも、「問い続ける場としての家」をデザインし、一緒につくっていきたいと思っているわけです。

「人生のテーマ」とか、「どのように生きるか」といったことに対して「ブレない自分」をもつことができれば、それは確かにすばらしいことだと思います。
しかし、時にはブレてしまったり、(避けがたく)同じ過ちを繰り返してしまったりするのも人間らしくていいじゃないか、とつい思ってしまう自分としては、そのような生きることが下手な人をそっと見守る存在としての家を創っていきたいと思ったりもします。

ブレてしまうことに無自覚であったり、同じ過ちを反省しないことを良しとするわけではありません。そのようなことがあった場合に、落ち込んだり後ろ向きになるのではなく、自身を見つめ直し原点に立ち戻るきっかけを与えてくれる場所。そんな場所を「生きられる家」と称したいというのが僕の考えなのです。

そのような家は、もはや無機的な不動産としての存在ではなく、ある意味「頼りになる家族の一員のような存在」としての家といった感じになります。
ただし少々手のかかる家族の一員。
頼りになるからといって放任主義でいると、10年20年後には「健康」が維持できない厄介な家族になることもあるでしょう。

やはり日頃から少しずつでも手をかけて大切にしながら接していかなくてはならない存在といえます。家も家族とともに歳を重ねていくことを実感しながら、今ここを大切に感じ、時の経過をちゃんと意識できる場所が「生きられる家」なのです。

時の経過を意識できる家というのは、家づくりを実際に行う家族一世代に限った話ではありません。これからの時代、住宅建築の長寿命化は当然の使命となり、100年住宅、200年住宅が珍しくなくなるはずです(もちろん、手をかけながらの維持が必要ですが)。
自分たちだけの「有限の時」ではなく、前の世代から受け継ぐと感じられる家、又、次の世代に残したいと思える家の中で、今現在目の前にいない「家族」を想いながら暮らすことで、時はもっと豊かになっていくと思います。

それが「世代を超えて生きられる家」ということになるのかもしれません。

次は今回とは逆に、「死ねる家」をテーマに書いてみる予定です。



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